10/18 議事録

B4の片山です、以下先日の議事録になります。

保川

出来事(関東大震災など)ではなく一人の人物を取り上げて年を見て行く。人物は佐田稲子。『私の東京地図』は稲子の体験を元に描かれたものである。

今後は稲子の影響を受けた人の本などを読んで行く。

 

質疑応答

-どんなことが明らかになる研究?

一人の背景を追って行くことでその人の見たものの風景を描き出したい。何が見えてくるかはわからない。

 

-何が見えそう?

本は稲子が見て書いているものではなくて記憶を辿りながら書いているもの。どういう背景があって各場所を見てきたか。

 

-この人の視点を読み直すことで違った見え方ができるんでは。他の人に見える

 

-当時見た思い出の記憶としての文章だがそうではないところもある。時期が違う記憶も入り込んでくる。本人がどう都市が変化したのかが見えてくるのでは?

 

-文学の中に描かれた都市を描き出すのが目的?現実の都市とは違う?この人なりの都市の見え方、他の人が見えていない都市の姿と違ったものが見える?

橋をよく描く人だなと感じた。家に帰るシーンで橋が出てくるのである種の境界を描いているのではないか。

 

-何で戦後のこの時期にこの本が描かれた?

戦後の焼け跡になってしまった東京を見て何もなくなった場所でも自分の痕跡もあるのではと思ったからでは。

 

-60年代末は東京の記憶がやたらと発表される。高度成長によって都市の風景が変わっていったことから

 

-失われることは文学や芸術のテーマになるので例えば廃墟の文学の研究とかある。

 

-比較対象があったほうがいいのでは。例えば永井荷風は東京の下町をよく描く、比較対象としてはいいのでは。東京を描く人をあげて見て比較して見ては。プロレタリウム文学の人たちの中で佐田さんはどういうタイプの人だったのか?独自の立場を持っていたりしたのではないか?違うなら都市に対する感性が違うのでは。

 

-佐田稲子さんはリアリズムの人、この本を読むことで何の意味がある?

 

-佐田さんの長崎の実家の家業は?

田島正文(佐田さんの父)の父は医者だった。生まれた時は父母両方とも学生だった。

 

-戦後に何をしたのかが興味深い

 

 

寺内

年代を絞って行くうちに1960年代に技術革新、都市化、社会変動の時代に加え、近代批判の潮流が重なり、多様な職能意識が現れた時代でもある。建築論・建築家論が活発に議論された中心である神代雄一郎を取り上げた。

 

 

質疑応答

-デザインサーヴェイの信仰軸と社会経済軸の直行とは?

集落が海に対して横に広がるのに対して祭事の時は山に向かって縦になり直行しているということ。社会と産業の軸は横、祭りの時は縦の軸

 

-神代さんは日本の集落、コミュニティの原型を探そうとした。

 

-巨大建築論争における置いていかれた技術は何?

カーテンウォールのガラスが落ちる事故があったことによって建築家が大きな建物を建てるがそれに対する技術が追いついていない。NHKホールの時は舞台が見えない席をつくってしまった。大きな建物を作れるが設計者の技術が追いついていない状態。

 

-寺さんから見たい工業化はどういうこと?

神代さんは工業化に伴う都市空間、それを使う人、建築家

 

-神代さんは工業化批判はしていない。人間の本質について教える為にデザインサーヴェイについてやっていたのでは

その中における建築家の主体性がどのようになりうるかが神代さんの話。

 

-建築家の職能についての論争、鹿島論争について書いた人。ゼネコンは施工で金儲けしている。施工を通して設計のフィードバックが起こる。収入が確保できるから設計料はサービスできてしまう。他の設計者が勝てなくなる。(医者は薬で儲けてはいけない。だから分かれている。)日本建築家協会からゼネコンが仕事を取って行くものは由々しき問題。鹿島建設の当時社長と論争になる、理念上の対立ともなる。

 

今の工業化に対する建築家体制における話として、工業化によって建築のたてられ方が変わってきている中で建築家が空間を作る上でもメソッドやシステムが必要なのならば建築の職能の考え方が変わってきているっていうのは1960~70年代にも今と同じことのそれが見えるのでは?

 

滝口

日本の山岳信仰を代表する修験道は、日本古来の神祇崇拝に、密着、道教を中心とする外来の諸宗教が融合し、独自の神仏観を持つところに大きな特色がある。こうした修験道における神仏観は、修験道の建築や社堂構成、霊場の環境、自然観などに影響を及ぼしており、明治以降の神仏分離による衰退の一因となったものである。

 

 

質疑応答

-長床とは?

横長い建物、拝殿とはまた違うがその系譜のもの。吹きうち建築。儀式のための空間。床はないものがほとんど

 

-研究はどこに行く?

さまよっているが資料があるものを探している。何が修験の山のメインとなるのかが面白いと思っている。羽黒山の研究にフィードバック出来れば。

 

-五来さんがいう共同体とは?

狩猟民、一つの村の単位ではないか。

 

-縄文時代に山の民はいる?

生産形態としては狩猟だが特殊

 

修験について考えるときに縄文までさかのぼっていいのか?混乱してしまうのでは?8世紀前半に形作られた。

 

8世紀前半、国家が体制を整えて行くのと並行して発生したのではないか。国家が自分の枠組みを整え始めたから逸脱が起こったのではないか。

 

-本殿の平面図は祭事とどんな風に使うのか

外拝殿内拝殿と分けられている、内がくらい高い。両脇に祭壇を持ってきてそこで祭事がおこなわれる。

 

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