サブゼミA班 1回目発表

サブゼミA班 一回目 

「はだかの起源 ―不適者は生きのびる」

(文庫版:講談社2018/単行本:木楽舎2004)

 

 

 

 動物学者である著者の島泰三はある日、熱帯地域の野外調査中に暴風雨に遭った。学者たちは雨にうたれてどんどん体力を奪われていく。そんな雨の中、毛皮をもつサルたちは普段以上に雨を楽しんで遊び回っている。そのサルの様子をみて著者の島は驚き、
「なぜ人間は毛皮を失ったのか」
という疑問を持つようになった。この書は、その後に島が「ヒトの裸の起源」について主に、
① なぜヒトは裸になったのか?
② いつ、どこでヒトは裸になったのか?
という二つの問いに迫るために書いた一冊である。

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図1 「はだかの起源 不適者は生きのびる」 文庫本表紙

 


第1・2・3章  (担当 寺澤)

◯「ヒトの裸の皮膚は自然淘汰で生じたはずはない。」

 ヒトの裸の起源はこれまで、ダーウィン自然淘汰(生存に最適な形質をもつ種が保存されるという説)によって説明されてきた。それに対して島は、ヒトの裸が生存に有利ではないことを主張してダーウィン自然淘汰を批判した、生物学者のアルフレッド=ウォレスの言葉を支持する。

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図2 ダーウィンとウォレスと島の立ち位置

 ダーウィンは栽培家で、栽培種の人為淘汰から自然界の自然淘汰を強引に類推しただけであった。一方、ウォレスは野外調査の達人で、人間の体に毛皮がないことがどれほど野外生活で不便なのかを十分知っていたのだ。


◯最適者生存は説明になっていない

 「最適者生存」のセオリーは最適者を判断する根拠と断言が堂々巡りし、事実を追認しているだけ。これは論理として同語反復である。また、マンモスやカワウソやトキのように絶滅した動物にも、過去には盛んに繁殖した期間があるように、生き物が生存に適しているかどうかを一概に評価できるはずはない。

 こうして、島は自然淘汰における「最適」という考え方自体を否定した。


ダーウィンは裸の起源を解明できない

 ダーウィンは『人類の起源』(1874)にて、ヒトの裸が自然淘汰で説明できないことを認め、その代わりに、男女の形質の違いが生じる仕組み(性淘汰)を使って、ヒトの裸を説明しようとした。しかし、その説明は、ヒトの両生に共通の裸の皮膚を、部分の毛の多い少ないという程度の問題に格下げして、矛盾をすり抜けようとしているだけで、全く説明になっていなかった。島は、ダーウィンの説明は理論が全く一貫していないことを一文一文徹底的に批判することで明らかにし、ダーウィンがあげる例証の豊富さは、彼の本に強い影響力をもたせてきたが、その例証はある問題の焦点から思考をそらすという役割を果たす具体化であったことをあばいたのだ。

そして島は、裸の問題を扱う際、ダーウィンの誤りを乗り越えるためには、以下の3点に留意する必要があるという

  1. 分類群を整理して語る必要がある。人間と生理的な、生化学的な要求の異なる動物群を比較して、その形態と特徴の類似性を語っても意味がない。(性淘汰に関する無数の事例のほとんどは、昆虫や鳥類だった。)
  2. 仮説はその適用範囲をはっきり限定しなくてはならない。仮説はまず、少数の事実を説明することから始まり、それができてから、他の多数の事実の説明に向かわなくてはならない。(ダーウィンの理論は、仮説の原理も適用範囲も曖昧なまま説明されている)
  3. 人間と生理的、生化学的要求の異なる動物群の間の行動の原理を人間と同じ基盤で説明することは、まったく意味がない。

 

 こうした意識の下、4・5章で島は、生存のための熱力学的な要求に着目して裸の哺乳類の分類に向かう。

 

 


第4・5章  (担当 津田)

◯熱力学的な考察による毛皮の条件


 島泰三は、4・5章で裸の動物たちにはどのようなものがいるのか、ダーウィンのように例外を無視することなく述べている。これは毛皮の役割は大きく保温と保湿があるという前提のもと述べられている。
 第一に、クジラ目と海牛目に属する常に水中で生活するような「完全水中生活者」と呼ばれる動物は、例外なく毛皮がないとしている。これは皮下脂肪による保温や水中に常にいることによる保湿が行われるためであるとした。
 第二に、長鼻目とサイ類、カバ類に属する、「巨大陸上哺乳類」と呼ばれる動物も、例外なく毛皮がないとしている。ここで、島氏は動物を単純な立方体と見立て、発熱量と放熱量が体積と表面積によって左右されることを示した。発熱量は体積に比例し、放熱量は表面積に比例する。ここで重要なのは、一辺の長さを増やしていくと、体積は3乗され増加するのに対し、表面積は2乗され増加していく点である。体積と表面積の増加には大きな幅ができる。これと生物が生命を維持していくための温度より、一辺が1mの立方体、重さにして1トン程を境にして、裸の動物とその他の動物を分類できるとした。1トンより大きい動物だと、発熱量に対し毛皮があると熱を逃がすことができなくなり、1トンより小さくなくと、毛皮がないと放熱し過ぎてしまって体温を維持できないとした。

 

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図3 熱力学モデル

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図4 裸の哺乳類リスト

 

◯例外的な裸の動物が生きる条件


 上記のような条件に当てはまらない例外的な毛皮を持たない「特別な裸の動物」も存在する。それらを観察していくと、そのような動物が生きるためには、二つの条件があるとした。一つ目は、保温と保湿を行うこと。二つ目は、一つ目の条件を維持するための社会組織が存在することとした。これは、特別な裸の動物である人間にも当てはめることができるのではないかとしている。この仮定に加え、その社会組織が発生した場合それはいつなのかを、6.7.8章で扱う。

 

 


第6・7・8章  (担当 木山)

◯はだかの起源の諸仮説

 この章では、はだかの起源を考える上での島自身の仮説を説明するために、先人の研究や仮説を大きく4つ取り上げる。
 まず胎児化仮説を挙げるが、これは人間が裸なのは胎児の特徴を成長しても持っているためであるという考えである。しかしこれは裸化を説明するのに裸を根拠としているため説明できていなく、さらに胎児化仮説者の拠り所である脳頭蓋底の屈曲(胎児時には爬虫類、鳥類、哺乳類すべてにみられる)もそれぞれ適応した角度に曲がるため、胎児の裸とは関係ない。
 2つ目は、自己家畜化仮説である。この仮説は人種の変異の特徴が家畜に起こる変異と似ている点が多いというところからきており、人類学者がその共通する特徴をあげており、その中に体毛について触れられている。しかし、元々人種の特徴を説明するための仮説なので、人間の裸化の解明には役立たない。
 3つ目は、狩猟仮説とそれを補強する耐久走仮説で、これらは狩猟時の追跡の過程で体の発熱を減少させるために毛を無くしたという仮説である。しかしこの仮説も裸になるよりも四足歩行のほうが効率がよいし、そもそも人間は追跡ではなく頭を使って狩猟をしたのではないか、ということで否定している。
 最後に挙げられている仮説は、初期人類の化石の空白時期の存在から証拠が見つからない海中にあるのではないかという考えから生まれた人類海中起源仮説である。しかし、水中での二足歩行変化、子が母の髪を掴んで泳いだため女性は髪が長い、など明らかにおかしい仮説で、最終的にインディアナポリスの惨劇という、完全に人間の皮膚が海水に適応していないということを明らかにした出来事を述べこの仮説はあり得ないと結論づける。

 

◯重複する偶然仮説


 以上の仮説はどこかの環境にはだかが適しているはずだという思い込みから生じたものであり、裸はどこにも適していないのだと島は考え、最後に“重複する偶然仮説”を提示する。この仮説は、他の生命体から超絶した特徴を導く突然変異の重複を仮定するもので、体の体温と水分調節をハダカデバネズミのようになんらかの方法で行える環境をつくる必要があり、人間は頭を使うことで衣服、家、火を考え生き残ったはずだというものである。そして、衣服、家、火がいつかなえられたのかの証拠や年代を探ることで人間の裸の起源が分かるのではないかと述べ、次の章へ続いていく。

 

 


第9・10章  (担当 越中

○火・家・着物の起源


 人が体温と水分を調節できる環境を作り、裸の体を守るための発明品を火、家、衣類と仮定する。まず、衣類はアタマジラミが7万年前DNAの突然変異が起き、コロモジラミになった。これにより衣類の始まりは分かったが、衣類のみでは7万年前の最終氷河期が始まる頃寒さ対策で人類が衣類を発明し、これ以前も裸であった可能性があるため、完全な裸の説明にはならない。
 次に火の起原に迫る。各地で焚き火の跡や灰の跡らしき痕跡があると考えられてきたが、証拠不足や動物の糞の可能性があり、決定的な証拠にはならなかった。そのため、炉の跡が確認されたのは、7万3500年前旧石器時代後期ネアンデルタールが石炭を燃やした跡発見された。
 最後は家の起源である。多くの家の起源とされる遺跡が発見されているがどれも生活するには、構造の欠陥や住居としての機能が欠けていた。そのため、4万5000年前のオーリニャック文化の中でしっかりとした構造の小屋あるいはテントの炉が誕生する。この時代に家を作るための柱を埋め、紐で結び、壁を作るなどの技術がうまれ、密閉した空間の家が現れる。

 

 


第11・12章  (担当 武田)

◯裸の人類はいつ出現したか


 第11章では、新たな3つの視点から裸の人類の起源に迫る。
 1つ目は化石の年代から推定するもの。ホモ・サピエンスの骨格的特徴を説明したうえで、現在見つかっている最も古いホモ・サピエンスの化石が約15万年前であること、発掘がすすめばそれより遡る可能性があることを示した。
 2つ目はホモ・サピエンスの特徴を示す文化の発生年代から推定するもの。それらは後期旧石器文化と呼ばれ、石刃(ブレード)をはじめ細石器、骨器、漁労、埋葬、装飾品、顔料使用、シンボルなどの技術からなり、これまでは4~5万年前に突然、セットとして現れたとされていた(現代人革命仮説)。しかしこのことはホモ・サピエンスの形質(化石)と文化に時間的なズレを生み、現生人類は出現から10万年以上も同じ石器を使い続けていたが突然道具を進化させはじめたということになり、同じ種であるはずのホモ・サピエンスの歴史に矛盾が生じてしまう。そこに疑問を感じた研究者がアフリカでみつかった121の遺跡に現代人の文化的特徴が見つかるかどうか徹底的に調べた研究を引用し、その技術の起源は25~30万年前まで遡ると島はいう。
 3つ目は遺伝学による研究。遺伝学者たちは1980年代に、ホモ・サピエンスの祖先は20万年前のアフリカのひとりの女性に至りつくという結論(ミトコンドリアイヴ仮説)を出していたことを示し、これが十数年遅れて化石と遺跡の研究によって実証されたとしている。
 最後にこれら3つの視点を総合的に考えると、ホモ・サピエンス=はだかの起源は約25万年前ではないかという結論で第11章は終わる。

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図5 後期旧石器文化の特徴的技術の起源年代

 

◯裸の人類はどこで出現したか


 第12章ではまず、11章では答えの出なかったホモ・サピエンスの出現場所について考察を試みる。筆者はアフリカの低地で現在も猛威を振るうマラリアなどの感染症とそれを媒介する昆虫の存在を理由に、ホモ・サピエンスは東アフリカの高地で出現したのではないか、またそのために何万年もの間その場に留まっていたのではないかと推測する。そして約7万年前の厳しい氷河期の到来が、ホモ・サピエンスにとっては好機となり、彼らは火と家と着物といった環境に適応する技術を活かして拡大したと主張する。

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図6 ヒト属の進化系譜図 オーリニャック文化蓄積・伝番の年代

 

◯不適形質を逆転する鍵


 次に、章題となっているホモ・サピエンスの重複する不適形質とそれを逆転する鍵に話題は移る。筆者の言うホモ・サピエンスの重複する不適形質は、裸化×喉の構造の変化だ。ホモ・サピエンスは他のサルと同じように気管に食物が引っかかる問題のない完成した構造をもって生まれてくるにもかかわらず、生後三か月過ぎになると気管に食物が詰まる危険性のある生存に不利な構造へと変化してしまう。そしてこれらの重複した不適形質を逆転する鍵は言葉だったとし、言葉を発するためには喉の構造の変化だけでなく、肺や口周辺の筋肉や神経系の発達に加えて前頭葉の肥大化が重要だったと推測する。またこの肥大化した前頭葉は長らく人間特有の能力の源泉だと評価されてきたが、この肥大化した前頭葉も生存にとっては“不適”な側面があるとし、ホモ・サピエンスには地球上に出現したときから累進的な力を生み出す強力な現実的側面とその背後に潜む脆弱な側面を併せ持つ存在だったことを明らかにする。


○おわりに


 〈おわりに〉の冒頭で筆者は、
神に似せてつくられた人間という宗教的な観念を「進化論」が打ち破ったとしたなら、「自然淘汰」による「最適者」として生存している「完全な人間」という虚像を、「重複する偶然」による「不適者の生存仮説」が壊し始めている。この仮説は、人間の裸が適応的形質でも何でもないこと、その不利を補う偶然が重なったために、人間は例外的な成功を収めるようになったことを示す。
と書いている。この本は私たちに人間が決して完璧な存在ではないということに気づかせてくれるだけではなく、自らの立てた「問い」に対して即物的に考える姿勢の大切さを教えてくれた。