サブゼミC班1回目 長谷川まゆ帆『お産椅子への旅』(岩波書店、2004)
6/4のサブゼミC班1回目の発表について報告をします。
メンバーは青木・平場・吉永・関根・Joの5人です。C班では以下の本を取り上げました。
長谷川まゆ帆『お産椅子への旅 ものと身体の歴史人類学』(岩波書店、2004)
この本は、お産椅子という特殊な家具の普及と衰退の歴史を追いながら、ルネッサンス期以降のヨーロッパにおけるお産の文化や身体技法、近代医学と宗教的勢力との関係性などを歴史人類学的に明らかにしています。
この本を取り上げることで、建築を考えるヒントとして、「もの」と人間の身体との関係性とその背景としての社会・文化・技術などについて、歴史的に見て考えることを目的としています。
1回目の発表では、プロローグ・1章〜4章・6章を取り上げ、発表しました。
お産椅子とは(プロローグ、1章)
○16世紀から20世紀初頭にかけて西ヨーロッパで使用された
○西ヨーロッパという限定された地域にお産椅子が生まれたことに見る身体技法の違い
○お産椅子の歴史を復原するということ
お産椅子という「もの」が誕生するまでの文脈や経緯を捉えることだけでは不十分であり、それが出現し、現前し、経験されるという「こと」の連続として捉えなければならない。
○「もの」としての文献資料
文献資料も何者かによって創造され加工された恣意性の高い造形物=「もの」であることを念頭に置いて用いることが必要である。
お産椅子の形態の変遷と身体の所作(2章、3章)
座面の空隙/背もたれの高さ/肘掛け・握り棒の付加/クッションの有無などに着目してお産椅子の形態の変遷を時系列で見ていくと、さまざまな部品が付け加えられ装置化していくことが認められる。
これらは総じて以下の2つのことを目標とした変化である。
1. 助産者の手間や労力の軽減:人間の身体→道具という置き換え
2. 産婦が楽に長時間椅子に座ることを可能にする:快楽への欲望
お産椅子が産婦をとりまく人間関係に与えた影響(4章)
○お産椅子を改良し部品によって助産者の労力を代替し、直接産婦の身体に触れる機会が失われていった。=産婦/助産者の関係が非対称的なものに変化したー★1
○文献上に見る内科医と産婦の関係性
そもそもお産椅子を発見し、助産婦の職能とともに使用することを世に広めたのは内科医であったが、これは自らが直接手を触れることなくお産の現場に介入しようという考えを持ってのことだった。次第にお産椅子や道具の改良を重要視するようになる。
=助産者の身体の装置化ー★2
○外科医の出現
・外科医は17世紀になって台頭してきたが、もとは街の床屋や洋裁士であった。彼らは内科医とは違って金属具を用いて自らお産の現場に介入してくるようになった。
=産婦の身体の客体化ー★3
★1〜3は、近代医学のまなざしが患者を一方的に処置を施す対象としてしか捉えなくなっていく過程を見ることができる。
・カトリックの動きと外科医
※洗礼の重要性:お産椅子が普及した17世紀には、対抗宗教改革の流れのなかで教会は信徒の日常生活においても規範を徹底させようとした。子供が生まれると洗礼を施すという教えについて、従来は曖昧だった洗礼の期限を生後3日以内と定め、未洗礼で死んでしまった子の魂は永遠にさまよい続けるなどと脅し、洗礼の重要性を強調した。
お産椅子に先立つ身体技法(6章)
○お産椅子を用いないお産姿勢
19世紀までは産婦自身が一番適した姿勢を選択していたのだが、病院でのお産が一般的になるにつれて、正しいお産の姿勢は仰臥姿勢であるという考えが普及した。仰臥姿勢は医者が処置を施しやすくするための姿勢であった。
○人類学的記述に見るお産姿勢
20世紀初頭(仰臥姿勢が一般化した時代)から「未開社会」におけるお産の様子について観察が多くされるようになる。
その際に描かれたとされるスケッチを見ると、自らが文明化されていると考える人間の「未開」を見いだそうとするバイアスがかかっていることがわかる。
○お産現場におけるジェンダーの境界が明確なものになってきている
専門家の誕生や専門機器の使用に伴って、お産の身体技法やお産をとりまく人の価値観が、1つの「正しい」とされる枠に押し込められて選択の自由を失っていったことがわかる。
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以上が1回目の内容になります。かなりまとめたつもりなのですが、長くなってしまったので(力不足ですみません…)最後に要点をおさらいして終わりにしたいと思います。
・お産椅子という「もの」の歴史を復原するためには、文献/非文献に関わらず可能な限り資料収集をし、資料の性質を理解しながら、お産椅子の出現→現前→経験という「こと」の連続を捉えようとすることが重要
・お産椅子の形態の変遷から、人間の身体を道具によって代替しはじめ、さらに合理性や快適性を追求して道具の改良を重ね、人間の手間や労力を道具の装置化により軽減したいという欲望の発生が見られる
・お産椅子の登場と改良の過程で、助産者が産婦に直接触れる機会が失われ、お産現場の主役であるはずの産婦の身体への気遣いは置き去りにしたまま、お産椅子や手術のための金属具など道具の改良ばかりが重視されていった
・古代からお産の現場においては産婦や助産者が臨機応変に状況に対応してきたが、近代医学はお産の姿勢やお産をとりまく人びとの価値観を一元化していった
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2回目の発表では、この本の残り(5章、7章)の内容と多木浩二さんの『ものの詩学』(岩波書店、2006)を扱います。
M1 吉永