サブゼミA班2回目 『DNAだけで生命は解けない~「場」の生命論~』
大変遅くなって申し訳ありません。
サブゼミA班(植物班)2回目の発表の報告です。
前回で『植物の生存戦略「じっとしているという知恵に学ぶ」』は読了したので、今回は新しくこちらの本を取り上げました。
Brian Goodwin 『DNAだけで生命は解けない~「場」の生命論』 シュプリンガー・フェアラーク東京(1998)
訳:中村運 “How the Leopard Changed its Spots : The Evolution of Complexity, Scribner” 1994
前回は、植物の遺伝子が極めてデジタルに働いていて、さまざまな外的・内的情報を物質に置き換え、その情報が重なり合うことによってあるシステムが発動し、植物の形をつくる一方、その場の環境に適応するためのアナログなしくみも持っているという植物の生存戦略について紹介し、議論しました。
これは植物あるいは生物の、あらゆる現象の原因すべてを分子に帰着させて考えるという“分子還元主義”の視点に立ってみています。”ダーウィニズム(進化論)”を元に現代の科学者たちが遺伝子中心主義として発展させた分野で、先祖から子孫へと枝分かれしながら保存される遺伝子を追うことで、前後関係を捉えてその生物の全てをトレースしようという、通時的な視点です。
今回取り上げた本は、それとは対照的に、生命を共時的・構造的に捉える視点をとっています(“構造主義生物学”)。DNAという通時的な視点は、生物の進化を語る上では欠かせませんが、ある特定の個体の形態を理解しようとするには不十分なのです。遺伝子の指示を実行するには、物質が持つ物理学的・化学的な不変の力学を利用しなければならず、その説明なしには語れません。
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【序章・1章】
□かたちは遺伝子では説明できない
遺伝子は膨大な生物データを説明できるが、“式”をかいているだけで、実際の形態は記述していない。生物の個体のかたちは、形態形成の“場”といえる、物理的・化学的・幾何学的な不変の力によって形成されている。遺伝子は、その形を通時的に安定させるために存在している。
□ゾウリムシの実験
単細胞生物であるゾウリムシは、無性生殖の場合、細胞分裂によって生殖する。つまりDNAをコピーすることによってクローン的に生殖する方法である。
通常のゾウリムシ(遺伝子A)と、表面にストライプ模様を持つゾウリムシ(遺伝子B)が存在する。このとき、遺伝子Aのゾウリムシを外科手術によってストライプ模様にしたものを細胞分裂させると、遺伝子Aによる設計図は通常タイプのはずなのに、ストライプタイプが複製される。
⇒分裂前の体のタンパク質を核にして、タンパク質の結晶をつくり分裂後の体をつくるため、もとの体のタンパク質の性質を引き継いでしまう。これは遺伝子を経ない、細胞質的な遺伝が起きているということだ。
【4章】
□カサノリ
カサノリ:単一細胞で構成されている藻類の生物。細胞壁・細胞質・核・液胞の4つの 主要部からなる。
カサノリは成長の過程で「輪生葉」という葉のようなものを形成するが、形成後すぐ枯らして落してしまい、特に何の役にも立たない。これは最初からつくらなければ良いのでは、そのように遺伝子は自然淘汰されないのか、等の疑問が浮かぶ。しかしこの輪生葉は形態形成において根強い特性なのでなくせないらしい。
・カサノリの輪生葉形成
カサノリの輪生葉形成は、液胞・細胞質・細胞壁の三つの要素が、カルシウムの濃度の変化によって、細胞質が軟化することと、液胞圧、細胞質と細胞壁の相互作用に対してどう反応するかをシュミレーションするだけでトレース可能である。このような簡単なモデルで形態変化を追えたことから、この構造の高い確実性が認められ、遺伝子による複雑なシステムはこの場合必要ない。
⇒つまり、カサノリとしては、輪生葉は成長過程で力学的に自然にできてしまうもので、あえてそれが出来ないような遺伝子に変化するのは大変である。
□属形態
カサノリの輪生葉形成の構造は、遺伝子のシステムのみによるものではないが、堅ろうな形態形成として成立している。これが、すなわち属形態である。
⇒生物は、遺伝子のシステムによって形を形成し、自然淘汰に対応するのではなく、環境的な影響による形状変化に遺伝子が協力することで安定化し、生存する。
【5章】
生物は非常に複雑だが、非線形な動力性からは堅ろうな秩序が早発する。
機能的な有効性や偶然性よりもずっと深いレベルで理解し得る生命固有の合理性が存在する。この議論の具体例を示す。
□「属形態」の進化ー植物におけるパターン
形態は、自然の秩序(物理学など)による、その生命固有の合理性によって決まってくる。
・フィボナッチ数列と黄金分割
葉の形成パターンには、幾何学的な関係が見られる。
これもまた、葉の発生メカニズムで動力学的に形成される形である。
これらの形に現れる数値は、フィボナッチ数列の0.618という比に収束していく。
これは自然界に多くみられる黄金比と同じである。各生物が形態の固有の安定性を求める過程の中で、他のものは淘汰され、これが安定のかたちとなった。
□遺伝子と属特異性
発生中の生物における生成過程の自然な安定状態=属形態
属形態を生み出すにあたって遺伝子はある特定の種が発生し始める時パラメータ空間の範囲を規定している。(パラメータ空間:分裂組織の形態形成の場に作用するものの量によって決定される。量によって成長のパターンは変化し得るが、系の安定で堅ろうなモード(=属形態)が優勢になる。
・花の発生パターン
花は葉が変化したものである。花をつくる遺伝子が全く働かない時、がく・花びら・めしべ・おしべは形成されず、葉がつくられ続けるが、形態は花の形態をとり始める。図のように、らせん状に葉を作り続けていたものが、がくと花弁の部分で4枚の葉を、雄蕊の部分で6枚の葉を、めしべの部分で2枚の葉を出すようになる。
⇒つまり、遺伝子でなくとも形態形成が可能である。
□遺伝子の活性パターンと形態形成
前回紹介したABCモデルは、ドーナツ状の空間パターンを取っていて、その中に均質に分布している。花の器官のパターンのように、上下の軸しかないところに軸が足されて、形状を変化させるには場の動力性が必要。この要素の不連続性は、遺伝子からではなく「形態形成の場」の動力性から来ている。
・花弁が融合している金魚草やランの例
金魚草やランは、花弁が一枚に融合したかたちをしているが、花弁が発生するときは輪生形状を取り、分かれて出てきて、それが成長と共に変形し筒状構造となる。これははじめから筒状構造の花弁をつくるより、輪生を変形する方が容易だから。
余分なステップを踏まないと形態形成できない、という点において、カサノリの輪生葉形成の件と共通している。
系の安定に、輪生形態をとる・輪生葉を作るといった属形態が優先されていることがわかる。
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植物班の発表内容を抜粋して紹介しましたが、以下のような点が議論になりました。
*前回は歴史主義的(通時的)な視点、今回は構造主義的(共時的)な視点で植物・生物についてみてきた。どちらが正しいというものではなく、両方の視点が必要で、都市や建築を見るときにもその二つを統合してみなければならない。
*カサノリの輪生葉形成は遺伝子は関係なく、力学的・化学的に自然にできてしまうもの、とされた。しかし、カルシウムの濃度は植物の遺伝子が調整しているのでは?という疑問があり、どこまでが必然的なシステムで、どこに恣意性のようなものがあるのか、その境目が非常に難しいという議論が上がった。デジタルなシステムを都市の発生や更新に当てはめてみたとき、都市ではより何らかの意思のようなものが強く、システムを乱すことが考えられ、なかなか1つのシステムで説明を付けることは難しい。
物事を見るときの視点の取り方や、自分が今どこに立って何を見ているのか、ということを考えるきっかけになる回でした。また、生物をミクロな視点で見て、その成り立ちを歴史的に、構造的に読み取ることを学べたので、第三回目は建築の話につなげて議論すべく準備を進めたいと思います。
M1 よしだ