5/31 C班ゼミ発表
B4三須です。更新が遅くなり申し訳ありません。
今回はC班のゼミ発表でした。
B4棟方 都市の世界観について
日本の都市のアイデンティティーは混沌の中にある「隠れた秩序」ではないか?
日本の都市形成においての欧米諸国との比較
→日本は混沌、ヨーロッパは「明白な秩序」
混沌と秩序の違いは解像度の違いなのでは?
どんな都市にも秩序はあるし混沌もある
R・ベンチューリ
一見混沌として見える<ストリップ>の中に同一形態に統一された街灯の規則的リズム(秩序)がある。
ベンチューリの「ラスベガス」
DUCK、 DECOLATED SHED
ファサードと都市の世界観の関係性
ランドマークとなるものとそうでないものの違いは?
質疑応答
・世界観と感じているものはランドマークなのか?
→ランドマーク以外にもある
→自分が都市を認識するタイミングを探して見ては?
・渋谷を中心に考えているけど、様々な都市の見方の方法論を見て、自分なりの方法論を見つけられるといいかも
・実際に足を運んで都市の見方がどのように変化するのか
・ベンチューリ、アレグザンダー、元倉眞琴、石川初、アトリエワンなどの都市の見方を学ぶといいかも
B4吉田 ゴシック建築とスコラ学
ゴシック建築の何がスコラ学の何と比較されるのか
- ゴシックの形式がスコラ学の意味と並行
- ゴシックの形式がスコラ学の方法と並行
スコラ学の存在理由 真理の統一性、信仰と理性の平和条約
1明瞭化 理性によって信仰箇条を明らかにする
2和合 <然り><否><合>という図式の議論
1明瞭化→盛期ゴシックがどのように見えるか 2和合→盛期ゴシックがどのように生起したか
1
「顕示」・・・透明性の原理 外部空間が内部空間を反映する
「明瞭化のための明瞭化」・・・分割化 「全体性」「相同性」「明確性と演繹的説得性」
2
「西正面のバラ窓と主廊」
「クリアストーリー下の壁面構成」
「身廊の大柱」
和合によって発展いていく様子が面白い。
明瞭化は怪しい。ゴシック建築の様式を明瞭化だけで表せるのか
透明性の原理が面白い。石が本来の特性ではない別の性質を持つ時精神的だという印象を与えるのでは?
質疑応答
・明瞭化は聖堂を作る人は意識していた?
→明瞭化を意識していたかははっきりとは書かれていない。スコラ学に当てはめた感もある
→パノフスキーは、スコラ学を読んだ建築家が教会を作ったわけではないという意見
→スコラ学は信仰によって方法が行われている。建築は何を明らかにするためなのか?
→パノフスキーはF(形式)の話をしている。それを宗教などに関連づけている
・作った人を追うことは?
→建築家っぽい人はいた?これからどう進めていけばいいのか
・透明性はあらゆる芸術において重要 コーリンロウ 虚の透明性と実の透明性
ゴシック建築がもたらすもの、文字通りの芸術なのか知覚を伴う芸術なのか、その両方だと思う
<然り><否><合>の考え方はプレゼンに使えるかも。ゴシックがロマネスクからどのように変化していったのか?それを勉強する。その後透明性なども考えてみよう。
M2寺内さん 近代建築運動におけるドイツの工作概念
ゴットフリート・ゼンパーについて
初期:1803~1834 ポリクロミー論争への参加
『古代人における彩色された建築・彫刻に関する覚書』を執筆
・『覚書』の内容
→社会に求められていることに美を持って答えなければならず、その芸術形態は民主的社会(自由)無くしては存在し得ない
・ゼンパーが美あるいは質を感じるもの
→素材の誠実な利用を貫くことによって生まれる
→ギリシア人に学ぶ
・ゼンパーにおけるポリクロミー(色彩被覆)
→ゼンパーは、建築界や社会全般の現実から遊離せず、正しい状況確認と主体的変革を目指した。
中期:1851『建築の四要素』
・第5章「建築の四要素」
炉・土台・囲い・屋根
→炉:陶芸・金工 土台:治水工事と石工 屋根および付属物:木工 囲い:絨毯織り
→ゼンパーは囲い、壁面の発達史にポリクロミーを位置付けるーアッシリアの壁画
・建築の四要素は気候風土や社会状況などによって全く異なる現れ方をする
→それぞれの文化というモチーフの上に建物は作られる
『科学・産業・芸術』
・ヘンリー・コールとの出会い
・1851年のロンドン万博
→カナダ・スウェーデン・ノルウェー・デンマークの展示空間の設計を担当→多種多様の展示品を組み合わせて一国の文化と産業の姿を空間的に視覚化させる。
・論考の内容
→科学・産業・芸術の混乱に対する批判とその克服のための様式(秩序づけとしての分類)
と教育に対する提言
・『建築の四要素』からの発展
→実際に四つの産業芸術の職人たちの協働(:万博での設計)を思い浮かべながら、「四者の協働としての建築」と表現していた
後期:1860『様式』と被覆
・カリブの小屋
→ただ生きるために必要とする次元を超えて精神的・文化的な営みとして身近にある材料を使い、自分たちの手で協力して作り出したもの
・新しい様式論
→一つのシステムとして捉えること=全体を覆うシステム
ゼンパーにおける工作人
様々なものを統合し、芸術たらしめる存在と理解することができるのでは
ドイツ工作連盟 P・ベーレンスとH・ペルツィヒにおけるbau
P・ベーレンス
・建築思想→ユーゲントシュティールを乗り越えるために、新古典主義に傾倒
・作品→AEGタービン工場
様式と近代技術に対する態度
近代技術(鉄骨、ガラス、コンクリート)での建物Bauを、歴史的形態に当てはめ建築Architekturへ昇華させる
H・ペルツィヒ
・建築思想→ArchitekturとBauの差別化に意識的であり、工業生産と手工芸の融和による様式からの離脱は、Architekturからの離脱と同義であった
・作品→ボーゼン給水塔
様式と近代技術に対する態度
近代技術による構造表現での建物Bauそのものを、建築芸術Baukunstへと昇華させる=技術者の介入の必要性
・ドイツ工作連盟にいながらも、それぞれのbauに対して異なる思想を持ち、設計している
質疑応答
・素材を組み上げていくことがゼンパーの中で重要?
→織り込まれていることが重要
→人類共通の技術が四要素に分かれていて、初源的な建築に組み込まれている→カリブの小屋
→最低限以上の何かが囲いにはあったのでは?そこにゼンパーが食いついているのでは?
→ゼンパーは人間を、意味を見出す存在ではなく、ものを作るために手を動かす存在として見ている。これがどのように建築につながるのか。なぜ被覆や様式論に行くのか
・ポリクロミーは、色が重要だったのか
→素材に色彩をつけていたという事実が重要。様式はファサードに現れるから、外観を見る
・ポリクロミーと囲いのつながりがよくわからない
→建築の四要素で繋がっている。ポリクロミーは、色彩されることによって芸術になる
・ヘンリーコールとの出会いは四要素より前なのか
→前ではあるが、あまり影響はない?『科学・産業・芸術』の方が影響している
・ベーレンスとペルツィヒの認識について
→ベーレンス:bauに古代ギリシャ建築の概念を当てはめることでアーキテクチャーに。ペルツィヒ:職人がレンガを積むことも含めてbaukunst
→ペルツィヒ:民間人が作っていたものを(ハーフティンバーなど)近代化した。アーキテクチャーに寄せない。
以上です。