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6/27 ゼミ発表 D班第二回

しばらく間が空いてしまいました。すいません。

今回は6/27に行ったゼミD班二回目の発表についてです。

発表者はM2滝沢、M1佐藤、B4笠巻、B4秋山の4名です。

 

滝沢「川越重要伝統的建造物群保存地区における裏の変容に関する研究」

今まで川越や佐原、高山などいくつかの伝建地区について紹介、考察をしていましたが、今回は川越に絞って論文の主軸となる裏の変遷の読み込み方法についての発表でした。通りに面した“表”部分の保存ルールと、それと別の“裏”の変容の様相を事例カードのような形式で示していく方法です。

しかし、川越の保存方法はそもそも通りに対して裏側の変容を許容するようなルールになっているのではないかという議論になりました。

滝沢さんの当初の関心ポイントは、伝建地区の保存に関する制約がどこかに歪みとなって現れてくるというところで、やはりいくつかの事例でこの点の話を組み立てていく事が良いと僕自身も感じた所です。

 

佐藤「銭湯からみる戦後東京郊外住宅地形成史」

銭湯(湯屋)は元々行政が管理していた部分が大きく、そのため今回は東京都公文書館に所蔵されていた銭湯に関する資料を時系列的に整理し、湯屋を取り巻く制度や状況がどのように変遷して来たのかについての発表でした。

明治期の銭湯は、建物を防火構造にするよう様々な規制がされていたのですが、関東大震災後罹災者救済のために簡易浴場を設置する請願が出され、木造で銭湯が建設されていました。震災被害が落ち着いてくると衛生面に関する規制等が再び強化され、第二次大戦後には公衆浴場法が公布され、銭湯の立地規制が設けられました。

通史的に銭湯の変遷について興味深く聞けて面白かったのですが、やはり実際に住宅地形成とどのような点で関係性を見いだせるのかが気になりました。今後の展開が楽しみです。

 

笠巻「駅周辺の開発と隣接する商店街について(相模大野・荻窪)」

前回は相模大野の商店街についての発表でしたが、今回は相模大野+荻窪の商店街についての発表でした。

荻窪駅前には複数の商店街が立地しており、それぞれ代替わりの問題や、商店街衰退に関する問題を抱えています。その中でも教会通り商店街はFacebookなどのツールを駆使して商店街の情報を発信したり、周辺小学校と職場体験等で関係築き、商店街のアピールや活動を積極的に行っている事例です。

相模大野と荻窪では住宅地化する時期にズレがあり、荻窪は1930年代から宅地化されていた事により現在も商店街が活力を維持できているのではないかという考察でした。

大規模な再開発に対する危機感や合意形成に関する問題意識はとても感じるのですが、やはりそういった商店街の問題を設計にどう落としていくのか。この点を具体化していくのが今後の課題になる所だと感じました。

 

秋山「蒲田駅東側の変遷に関する研究」

蒲田駅京急蒲田駅に挟まれた地区がどのような変遷をたどって来たのか。蒲田駅周辺地域の都市変容に関する発表でした。

この二つの駅間は道が複雑に交差しているため、通行するにはとても分かりづらい状況です。なぜこのような道が形成されたのかと言うと、逆川を暗渠化し地上を道路にした事と、連合軍の基地に向う線路(連合軍専用空港線)をそのまま道路に転用したためにこのような形態になっているのだそうです。

蒲田には防火建築帯が今もまだ残存しており、今後はこういった事も含めて、蒲田を調査する目的をより明確にしていければ面白くなってくると感じました。

 

野口