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6/20 ゼミ発表 C班第二回

6/20のゼミはC班の、野口、吉野、平場、劉の発表でした。

 内容の報告です。

 

M2野口さん「建築家浦辺鎮太郎に関する研究-建築家とその活動拠点地域について-」

 浦辺鎮太郎の活躍していた時代に、地方建築家と呼ばれる建築家がどのように設計に携わっていたかについての紹介。地方建築家についての研究や論考から、戦前の建築家は大きな流れとしては官庁や企業の営繕課にいたが、建築基準法施行を契機に独立していることが多い。戦後は最初から独立したり、営繕課に勤めてから独立したりと大きく二分できる。このことから当時の建築家は、企業や地域がパトロンの関係になっていたことが地方では普通に見られたではと考えられる。浦辺の設計のかかわり方を見ると地方建築家と中央建築家の両方の働きをしていた。

浦辺さんをどのような母集団を背景にして論じていくかによって、話が大きく変化するのでどのようにほかの建築家と相対化していくのかについて、一番面白いところだと思うので次の展開が楽しみです。

  

M1吉野「武蔵野に開かれた短冊状新田集落の生態系と後の都市形成の比較」

玉川上水沿いにつくられた三つの新田集落、小平・三鷹・吉祥寺の開拓形式について既往研究からの紹介。小平は複数の新田を有力な農家によって統合され作り出され、三鷹と吉祥寺は江戸の明暦の大火による集団移住によって形成された。そこへ震災後から都市化が郊外におよび、それぞれの地域に時代に沿って都心から外側へ住宅地がスプロールしていく。農地は、農地改革によって国の物になったり、相続税のために農家が土地を売却、転用することによって変容した。今でも農家の土地経営は継続している。

今後は、もう少しミクロな視点で、実際の土地がどのように時代とともに変化しているのか見てみたいです。

 

 B4平場「再生産される空間 ~マチ×○○~」

前回のゼミで先生から紹介のあった、イアン・ボーデン『スケートボーディング、空間、都市―身体と建築』(斎藤雅子ほか訳、新曜社、2006)から得たこと、考えたことについて。スケートボーディングはまとまった空間ではなく、都市に普遍的にある床・壁・段差・手すりをエレメントとしてミクロな空間群ととらえて、建築や都市を最概念化している。さらに、意味のない空間となり果てている都市広場のような場所(零度の空間)も、スケートボーディングで使うことによって空間を生産しているということができる。資本主義的な物の生産のための空間ではなく、できてしまった空間を再生産するという考え方によって従来の建築、都市を批判する。

ダンスにおいても、ストリートダンスは空間を再生産しているのではないか。卒業設計ではダンスのための箱ではなく空間の再生産、零度の空間の指摘をしたい。

今後、また設計として空間をつくることをするためにはもうひとジャンプ必要そうですがこの視点を踏まえるとどんどん視界が開けていくと思うので頑張ってほしいです。

 

 B4劉「再開発事業のグレーエリア」

前回紹介のあった上海の新天地について、新聞記事から分かったことの報告。元の持ち主は商業施設建設のためにライフラインを切断し、建物の価値の1/10の立ち退き料によって強制退去させられたが、実際はその建物をそのまま利用する計画であったので控訴告訴した。国の法律では公共の利益のため、まちづくりの名目で建物の撤去作業は認められている。しかし一部のディベロッパーの利益のためにこの事業は動いているといえる。

今回の発表で、中国の保存・再開発事業について住民側からの視点で見ることができたので、このやり方での保存事業が何をしているのか、未来に向けて何を残そうとしているのか、客観的に研究を進めていってほしいです。

  

ゼミ、サブゼミとなんだか毎週毎週追われていますが(特にサブゼミD班がおかしい)、気が付けばもう7月が迫っています...!

バドミントンとかフットサルとかレジャー的なことをどこかに押し込んでいきたいと思っているのですが。。

動けそうな日が見つかり次第開催したいと思っているので、その時はみなさん参加してください。

よろしくお願いします。

 

M1 さとうあやな